Sunday, January 24, 2010

TO MY FLAME...

 


大好きなBOBBY CALDWELL がB.B. KINGインダビルディンです!!!!!


中2の時、英語の授業のイッカンで、

バンノ先生に

HEART OF MINEを歌わされたな〜 



ナツカシイ



とにもかくにも

思い入れの強いアーティスト,BOBBY CALDWELL

ニューヨークに来てからアナログ3枚買い直してしまったっす



昔教えてもらったボビー話
(略してボビバナ)



1978年、TKレーベルがボビーのソウルフレイヴァーを買い、

黒人マーケットで売り込もうとして、

デビューアルバム(写真上)のジャケットでわざと顔を影にして見せなかった為

黒人でいっぱいだった初めてのコンサート会場でステージにボビーが登場したとき、

白人ということに客が皆、びっくりしたんだって!!

黒人を唸らすブルーアイドソウル

う〜ん しぶい





肌の色関係なく


素晴らしいソウルミュージックを表現する


ボビーにはパワーもらいまくりです。


高いレヴェルの実験が成功し、

時代に強烈な印象を刻んだ COMMONの名作アルバム

"LIKE WATER FOR CHOCOLATE"


これはただ単純にHIPHOP CLASSICというだけでなく

ドラム、スクラッチ、空気、全ての斬新な質感...

音楽的にミラクルが起こった歴史的に重要な名作。


ソウルクエリアンズが選んだ

”OPEN YOUR EYES”
のメロディは、

ヒップホップのネクストレヴェルへの架け橋になったのです





dweleのカバーも泣かせてくる

沢山のアーティストがボビーのカバーしてるけど、

カバーを聴くとやっぱり、あらためて曲の素晴らしさに気づかされたり、

ボビー本人の魅力を再認識したりします。




僕のヒップホップ論の後押しもあって

AORってゆうよりブルーアイドソウル!


あと、個人的な思い出のw 後押しもあって

ボビーは、ほんとに


ニューヨーク!!!!!!!! って感じがしてしまうなあ。
(フロリダの人なんだけど、そこがさらに、、、)




EAST VILLAGE歩いているとつい歌ってしまうボクがおる




なんだか今夜は松戸に行きたい気分だぜ兄弟...






Thursday, January 14, 2010

Graff Supplies

http://cope2.blogspot.com/

NYのレジェンダリーグラフィティライターCOUP 2絡みの店

チャイナ街から少し奥に入った糞イルな位置にビルディング

1HUNDREDB






スプレー缶やペンも売っとる感じで、






名古屋のNO CAREのような感じで、

近所のヘッズのたまり場

店内はくせーし

久しぶりにヒット!!!!!!!!!!!!!!




高校の時ホームセンターでスプレー缶ゲットして、
チャリで小牧の41沿いまでいって
高架下にボムりまくっとったのを思い出しターッス



Friday, January 8, 2010

PAUL C (the giant footprint of late 80's)


PAUL C
 
(R.I.P. 1965-1989)

伝説のヒップホッププロデューサー。


彼が生み出した珠玉のヒップホップクラシックス...
ULTRA MAGNETIC MC'S,
ERIC B & RAKIM,
ORGANIZED KONFUSION,
SUPER LOVER CEE & CASANOVA RUD,
STEZO,
KEV-E-KEV & AK-B,,,,,


正にTRUE INNOVATOR. 


PAUL Cは周知の通りLARGE PROFESSORの師匠。

LARGEといえば90年代に代表されるプロデューサーですが、

他に挙げられるのがPETE ROCK、PREMIER、Q-TIPといった面々。

PAUL Cのプロダクション無くして、彼らの栄華はありません。

彼らが表現したヒップホップの90'sサウンドが確立される以前、つまり

MARLEY MARLがサンプリング技術を編み出した以降〜90'sサウンドの間、

いわゆる80年代後半。。。

日本でいう『ミドルスクール』と言われるこの時代のサウンドを決定づけたのが

まさに彼、PAUL C。


MARLEY MARLが

FONDA RAE/OVER LIKE FAT RAT,

MOHAWKS/CHAMP,

MOUNTAIN/LONG REDのブレイクから

キック、スネア、ハイハット等を一音ずつ抜き出し、

それを組み直した“ERIC B IS PRESIDENT”を世に披露して以降、

様々なプロデューサーが、この時代を一変させた画期的な

サンプリング技術を駆使して楽曲を創っていきました。


そこに、

彼がそれ以上の技術を駆使して、時代の音をレヴェルアップさせたのです。


PETE ROCKに、

「俺は未だにGIVE THE DRUMMER SOMEのサウンドがどうやって作ったのかわからない」

と言わしめたこのウワサの楽曲。

“GIVE THE DRUMMER SOME!!!!”



抜いたドラム一音一音に、1212STUDIO(僕が住んでいるクイーンズ地区)

で特殊なエフェクトをかけていたとのウワサも聞きますが、

とにかくバンドマン出身の彼のサウンドは強烈かつ絶妙なDUB処理が施されています。

彼は、音の飛ばし&抜き差し....HIP HOP的なDUB処理にものすごく秀でていた、

というのがポイントです。

DO THE JAMESのDOPE INSTRUMENTALが一番わかりやすいです。

LARGE PROFESSORに伝授されたこの技術。

彼がそれを駆使した楽曲の中で、

一番クリアで、オールタイム僕がヤラレているのは、

絶対にコレ。





そして、PAUL Cはかの名機E-MU SP-1200の使い手でした。

CED GEEにも伝授しているので、PAUL Cがいなかったら

BOOGIE DOWN PRODUCTIONSのCRIMINAL MINDEDも存在しなかったでしょう。

彼がLARGE PROFESSORに教えたSP-1200の使い方はその後

Q-TIP,PETE ROCK,PREMIERに伝授されていきます。

SP-1200のロービットで割れることにより生まれる太い音と、

短いサンプリングタイム(45回転録音で引き延ばし)という悪条件で生まれた手法は、

結果的にヒップホップをネクストレヴェルに上げました。


そしてPAUL Cがヤバいのはサウンドだけではありません。

プロデュース作品を一覧すると、第一線のアーティスト以外にも

かなりアンダーグラウンドなアーティストまでも数多く手掛けています。

白人でありながら、当時ヒップホップに燃えていた黒人達に、

有名無名関係なく楽曲提供からエンジニアリングまでケアした。

当時のラッパー達の駆け込み寺であった模様。

“ヤバい文化が始まった。ヤバいラッパーがいる。

それに見合ったヤバいビートを提供しないと”


そういった真摯なプロデュース精神が

当時のニューヨークで活性化し始めていた

ヒップホップシーンのクオリティをキープできたのだと思います。

しかし、彼は90年代のヒップホップサウンドを体験せぬまま、

1989年、 24 歳の若さで永遠の眠りについてしまいます...

REST IN PEACE...



PAUL Cの功績はそんなに多く記録されていないので、日本にいる頃からレコードを

深く聴きまくり、やっと彼の事を理解したつもりでいましたが、、、

そんな僕に襲いかかって来たKCDさん所有の恐るべしアーカイブ,,,,,,,,,(まだ読んでない)


BIG DADDY MAGAZINE

何と18ページに渡ってPAUL C特集!!!!!!!













もっと知りたいポールシー。やばそう。


そして、さらに KCDさんから危険なブツいただきました。。。


一見普通のSUPER LOVER CEE & CASANOVA RUDのCDに見えますが、

これはヴィクターという人がオリジナルマスターから起こした

特殊なブートレッグ盤。



リマスターを施してあるので音がブットい!!!!

しかもオリジナルアルバムに入っていないシングルオンリーな

スーパークラシックスが沢山収録!!!!!!



PAUL Cのことが詳しく書いてある本を

なんと学校の先生、マイケルからもらった!




RAKIM TOLD ME(BRIAN COLEMAN著)

それのアップデート版がこれ
さらに

和訳版が出ました。


PAUL Cの楽曲を網羅したMIXはコチラで

VOL.1
VOL.2


SALUTE